日々の出来事だとかなんとか・・・創作だとか -2007/6/7
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エラーの頻発が、ただでさえ高いわけでないおれの作業効率を落としていた。
しかたないから震える手で掴んだ携帯で連絡を入れた先はおれの従兄だった。
しかたないから震える手で掴んだ携帯で連絡を入れた先はおれの従兄だった。
「矜君?ハードディスク買ってきてくれないかな。兎に角安定して温度が上がらない奴。今手が離せなくて・・・。」
久々に聞いた、自分の低く枯れた声に自分で笑いだしたくなった。
これじゃあまるで、亡霊だ。
「純(ジュン)君?」
よく通る声が、怪訝な調子で響いた。
いつもそうだ、どれだけ訂正してもおれの名前を間違う。
「うん。おれです。できるだけ早く。」
もうなりふり構っていられない。
「そりゃあ君の頼みとあらば買うけど、君、大丈夫かね。」
「おれの体調なんて今はどうでもいいんだ。おれにはやらなくちゃいけないことがある。」
口を濁すような空白がもどかしい。
「早く。」
わかった、と短い返事とともに電話が切られる。
届く間がもどかしいが、気温の高い室内でこれ以上の酷使も無理か。
なぜ機械は壊れるんだろう。
疲労の包む体を人間工学とかいうものに基づいた椅子に凭せかけ、天井を眺める。
酷使のし過ぎで体内から減った分を補うため、巣の中にいた白燐蟲は面白いように減少していることは知ってる。
常軌を逸した酷使をさせていることも。
寿命を迎えた白燐蟲は砕けて床に落ちて、椅子のキャスターに轢かれては薄い燐光を放つ白灰色の痕跡を残している。
少し休もう。
汗で張り付いた部屋着を引きはがすように脱ぎ棄て、いい加減少なくなった綺麗な洗濯物から下着と新たな部屋着を取り出す。
ここしばらくは寝食を忘れてこもりきりで、実に二日ぶりのシャワーになる。
いい加減べたつく肌にもうんざりだ。自分から獣のような匂いがする。
気を抜けば気絶しそうな睡魔と疲労と焦燥感、それから名前の付けられない気持ちばかりが友達。
まだ温まらぬままのシャワーで汗を流して体を洗う。
どうも最近髪が伸びすぎてるし髭も生えてきたが知ったことか。
十分足らずで、それでももたもたとシャワーを浴び、泡が流れきっていない体を拭いて、それから・・・
またあの淀んだ部屋にもどって、作業をしなくては。
打ち込みをしなくたってメロディラインを考えるくらいはできる。
そう考えながら、濡れた髪のしずくを埃の溜まった廊下に落としながらおれは・・・
ひやりとした空気に気がついて目を開いた。
外は濃紺の空、蛍光灯が目に刺さる。
気がついたそこは居間だった。見知った眼鏡の男が手持無沙汰そうにエアコンのリモコンをもてあそんでいる。
「おれ、何時間寝てた?」
日が傾いた時から記憶が途切れている。
髪は、まだかすかに湿っている。そんなに時間はたっていない。
「私が気付いたときから一時間、二時間。部屋は掃除しておいたよ。ハードディスクもつなげておいた。外付けでよかったよね。」
その言葉を聞いて頷き、再びおれは部屋に向かう。
「何か食べなよ。」
「今ばかりは食べる間も惜しい。」
目が合った。
いつも変らぬ感情の読めぬ笑顔の向こうに一瞬走る怯えが透けて見えた。
自分で自分が常軌を逸していることはわかる。
俺であったら止めている。
一呼吸あって、カロリーメイトが胸元あたりに投げられた。
「食べながらでも構わんだろう。また数時間寝込んで時間を無駄にするよりはマシだと思いたまい。」
おれは受け取り損ねて地面に転がった黄色い箱を拾い、頷く。
「そうする。」
「夏は暑いから、飲み物もね。」
ぬるい緑茶のペットボトルが、蓋をあけてから差し出される。
その場で一息に半分を飲み干し、おれは居間に背を向けた。
その背に声がかかる。
「ひとりで戦ってどうするつもりだね。一言言えば、応援くらいもらえるだろうに。」
いいや、こればかりは一人で決着をつけなくちゃならない。ほかならぬおれのためにも。
おれは首を横に振るしかなかった。
作業内容をループさせ、気に入らない部分を殺したり、生かしたり。
それでもまだあの音を越えられない。
完璧にはほど遠い。
それは去年の学園祭であったり、人づてに回ってきたMP3のうちの幾つかであったり、戦場の高揚と鬨の声であったり、眠りに落ちる前の子守歌であり、祖父の奏でたピアノソナタ。
ああ、と溜息が洩れる。
だめだ、昔を懐かしんでいる暇なんかない。
それでも音をこねくり回すにも半端な気分だ。
このままおれは折れるのか。いいやまだだ。
気がつけば時計は十一時。
コーヒーでも大量に飲めばこんな萎えた気分も飛ぶ。
ただ少し俺は、眠いだけ。でも、ねちゃいけない。寝たくない。
食料を買い置きしておくべきだったと少し後悔した俺が、台所へ向かおうとすると、居間には未だに灯りがついていた。
「や、お疲れ様。勝手に泊まらせてもらってる件。」
おいでよと手が振られたが、おれはそれを一瞥してそのまま台所へ向かう。
今はその優しさが邪魔だ。
サイフォン式のコーヒーメーカーに手をかけたところで足音がおれにおいつく。
「コーヒーくらい私に入れさせてくれないか?」
その顔はいつも通り底が見えないし、いつもどおり人の眼の中を見るようなことはしない。
おれは首を振った。
そうだね、俺なら断らない。でもおれは断る。
今ばかりは譲れないものがある。
いつもひとりでやってきたから、今も一人でなくちゃいけない。
一人で頑張らないといけない。
「ごめん、帰って。」
彼は一度だけ悲しそうな顔をして、居間に引っ込んだ。
それからすこしして、ピアノの音が聞こえる。
余計な事を。
″マリア様のこころ それは樫の木・・・"
懐かしい、教会の日曜学校であればほぼ必ず歌うような、ベタで単純な曲。
祖父の手になる演奏に違いないが、こんなものを残すはずがない。
ついでに言えば、子供が好き勝手に弾いている音が混ざる。
ひとつだけ心当たりがある。だが、なぜそれがここにある。
カップを出したところで俺は耐え切れずに居間に顔を出す。
「どういうつもりだ。」
自分でも声が冷えているのを知っている。
居間のサイレントピアノがひとりでにキーをたたいている傍に、ニヤニヤ笑いの矜持が立っている。
「もう一つかけようか?」
おれの苛立ちを知らぬふりして、涼しい顔で古いカード型情報媒体をもてあそぶ。
「おれを笑いにきたのか」
気がついたとき、おれは彼の細い首に手をかけていた。
愛おしいくらいか弱い白い首。
手からカードが落ちる音。
折ることはできなくても絞め殺すには容易な細さ。
殺意というのはある種歯止めの利かない欲情にも似ている気がする。
ねじ伏せたい、傷つけたいという避けられない何か。
「まさか。」
ぱさりと音をたてて床に布地が落ちる音がする。
解放と同時に一瞬で白い冬服姿に装いを変えた彼におれの手がもぎ放される。
「預かって、渡そうと思って伸ばし伸ばしにしていたものさ。」
おれの思いとお構いなしに流れる音の中、俺が勝てなかったうちの一人である彼が、身を起こしながら口を開く。
音はどこまでもちぐはぐで、どちらも相手にあわせる気がない連弾。
「君が君の意を殺し続けるようならば渡せと、君のおじい様が。いらないならば気にも留めないはずだと言っていた。」
そうか、ならもうそれはいらない。今いらなくなった。
おれは笑いたくなるくらい根本から間違ってた。ありがたい。
"この演奏には、祖父におれは必要なく、祖父でさえおれには必要でない。"
そもそも、誰かに聞かせる必要さえなかった。
誰のためにもならないし、自分のためにもならない。
どこまでも満ち足りて、同時にそこには何の救いもなければ何も得るものがない。
決まった解法すらない究極の一人遊び《ソリテア》。
ならばそこには技量も、聴衆も、協力者も必要ない。
「あれ」のまえに立って、最高の音を求めた瞬間から、結局のところ誰もかれもが独りぼっちなんだ。
管楽の奏者も弦楽の奏者も、指揮者さえも知らない、鍵盤の前のどうしようもない孤独。
おれの処遇はおれが決めよう。
おれはもう誰のためにも歌わない。
ただやりたいようにやろう。どうせ誰も戻ってきやしないんだ。
それでいい、それがいい。
久方ぶりにおれは腹のそこから面白くて、蹲って笑っていた。
どこかで誰か、小さな誰かが死んだ気がした。
おれのしったこっちゃない。
「君、偉く酷い顔で泣いてるよ。」
「泣いてる?まさか。」
おれの意思とは関係なく震える呼吸の向こうで雨垂れの音がする。
血液にも似た潮の味。蛍光灯の周期とMIDI音源。
おれは床に転がったカードを拾い上げるとそれを握りつぶした。
なにもかもが必要ない。酷い話だ。
手の中に重量が加わる。体が軽くなり全ての感覚が研ぎ澄まされる。
意味のない/思ったとおりの叫びがおれの喉を走りぬけたとき、その部屋の全ての音が停止した。
「矜君。いてもいいけど、おれにとって君はもう何の役にも立たないよ。」
砕けた蛍光灯と窓ガラスがまるで水晶の夜。
全てが崩落した中、身を起こす音に手を差し伸べた。
「薄情だな、君も。手を差し伸べこそすれその実誰にも優しくないんだ。」
濁った咳をしながら彼が笑う。
知ってるさ、知ってる。
俺は、おれの望みが何よりも大切だったから、何を言われても馬鹿みたくそこに立っていた。
違うか?望むことを諦めて誰にでもやさしくなれたはずなのに。
いや、おれにはそれが優しさなのかすらわからない。
所詮その優しさすら自分の執着にすぎないだろうから。
「おれ、学校休むよ。伝えておいて。多分長くはならないと思う。多分。」
仮令その先におれが俺でなくなろうと、今ばかりは願い続けたい、いや、願い続ける。
今この瞬間誰に気兼ねすることがあるんだろう。
全てに感謝したい。でもそれがおれを縛ることはない。
好き好きにやっていこう。
誰のために作っても、誰のためにもならないならば。
「伝えておこう。何か欲しいものはあるかい?」
おれが今求めてやまぬ、そいつはもう決まってる。
「何か腹の足しになるものと、コーヒーがあれば、それでいい。今ばかりは。」
久々に聞いた、自分の低く枯れた声に自分で笑いだしたくなった。
これじゃあまるで、亡霊だ。
「純(ジュン)君?」
よく通る声が、怪訝な調子で響いた。
いつもそうだ、どれだけ訂正してもおれの名前を間違う。
「うん。おれです。できるだけ早く。」
もうなりふり構っていられない。
「そりゃあ君の頼みとあらば買うけど、君、大丈夫かね。」
「おれの体調なんて今はどうでもいいんだ。おれにはやらなくちゃいけないことがある。」
口を濁すような空白がもどかしい。
「早く。」
わかった、と短い返事とともに電話が切られる。
届く間がもどかしいが、気温の高い室内でこれ以上の酷使も無理か。
なぜ機械は壊れるんだろう。
疲労の包む体を人間工学とかいうものに基づいた椅子に凭せかけ、天井を眺める。
酷使のし過ぎで体内から減った分を補うため、巣の中にいた白燐蟲は面白いように減少していることは知ってる。
常軌を逸した酷使をさせていることも。
寿命を迎えた白燐蟲は砕けて床に落ちて、椅子のキャスターに轢かれては薄い燐光を放つ白灰色の痕跡を残している。
少し休もう。
汗で張り付いた部屋着を引きはがすように脱ぎ棄て、いい加減少なくなった綺麗な洗濯物から下着と新たな部屋着を取り出す。
ここしばらくは寝食を忘れてこもりきりで、実に二日ぶりのシャワーになる。
いい加減べたつく肌にもうんざりだ。自分から獣のような匂いがする。
気を抜けば気絶しそうな睡魔と疲労と焦燥感、それから名前の付けられない気持ちばかりが友達。
まだ温まらぬままのシャワーで汗を流して体を洗う。
どうも最近髪が伸びすぎてるし髭も生えてきたが知ったことか。
十分足らずで、それでももたもたとシャワーを浴び、泡が流れきっていない体を拭いて、それから・・・
またあの淀んだ部屋にもどって、作業をしなくては。
打ち込みをしなくたってメロディラインを考えるくらいはできる。
そう考えながら、濡れた髪のしずくを埃の溜まった廊下に落としながらおれは・・・
ひやりとした空気に気がついて目を開いた。
外は濃紺の空、蛍光灯が目に刺さる。
気がついたそこは居間だった。見知った眼鏡の男が手持無沙汰そうにエアコンのリモコンをもてあそんでいる。
「おれ、何時間寝てた?」
日が傾いた時から記憶が途切れている。
髪は、まだかすかに湿っている。そんなに時間はたっていない。
「私が気付いたときから一時間、二時間。部屋は掃除しておいたよ。ハードディスクもつなげておいた。外付けでよかったよね。」
その言葉を聞いて頷き、再びおれは部屋に向かう。
「何か食べなよ。」
「今ばかりは食べる間も惜しい。」
目が合った。
いつも変らぬ感情の読めぬ笑顔の向こうに一瞬走る怯えが透けて見えた。
自分で自分が常軌を逸していることはわかる。
俺であったら止めている。
一呼吸あって、カロリーメイトが胸元あたりに投げられた。
「食べながらでも構わんだろう。また数時間寝込んで時間を無駄にするよりはマシだと思いたまい。」
おれは受け取り損ねて地面に転がった黄色い箱を拾い、頷く。
「そうする。」
「夏は暑いから、飲み物もね。」
ぬるい緑茶のペットボトルが、蓋をあけてから差し出される。
その場で一息に半分を飲み干し、おれは居間に背を向けた。
その背に声がかかる。
「ひとりで戦ってどうするつもりだね。一言言えば、応援くらいもらえるだろうに。」
いいや、こればかりは一人で決着をつけなくちゃならない。ほかならぬおれのためにも。
おれは首を横に振るしかなかった。
作業内容をループさせ、気に入らない部分を殺したり、生かしたり。
それでもまだあの音を越えられない。
完璧にはほど遠い。
それは去年の学園祭であったり、人づてに回ってきたMP3のうちの幾つかであったり、戦場の高揚と鬨の声であったり、眠りに落ちる前の子守歌であり、祖父の奏でたピアノソナタ。
ああ、と溜息が洩れる。
だめだ、昔を懐かしんでいる暇なんかない。
それでも音をこねくり回すにも半端な気分だ。
このままおれは折れるのか。いいやまだだ。
気がつけば時計は十一時。
コーヒーでも大量に飲めばこんな萎えた気分も飛ぶ。
ただ少し俺は、眠いだけ。でも、ねちゃいけない。寝たくない。
食料を買い置きしておくべきだったと少し後悔した俺が、台所へ向かおうとすると、居間には未だに灯りがついていた。
「や、お疲れ様。勝手に泊まらせてもらってる件。」
おいでよと手が振られたが、おれはそれを一瞥してそのまま台所へ向かう。
今はその優しさが邪魔だ。
サイフォン式のコーヒーメーカーに手をかけたところで足音がおれにおいつく。
「コーヒーくらい私に入れさせてくれないか?」
その顔はいつも通り底が見えないし、いつもどおり人の眼の中を見るようなことはしない。
おれは首を振った。
そうだね、俺なら断らない。でもおれは断る。
今ばかりは譲れないものがある。
いつもひとりでやってきたから、今も一人でなくちゃいけない。
一人で頑張らないといけない。
「ごめん、帰って。」
彼は一度だけ悲しそうな顔をして、居間に引っ込んだ。
それからすこしして、ピアノの音が聞こえる。
余計な事を。
″マリア様のこころ それは樫の木・・・"
懐かしい、教会の日曜学校であればほぼ必ず歌うような、ベタで単純な曲。
祖父の手になる演奏に違いないが、こんなものを残すはずがない。
ついでに言えば、子供が好き勝手に弾いている音が混ざる。
ひとつだけ心当たりがある。だが、なぜそれがここにある。
カップを出したところで俺は耐え切れずに居間に顔を出す。
「どういうつもりだ。」
自分でも声が冷えているのを知っている。
居間のサイレントピアノがひとりでにキーをたたいている傍に、ニヤニヤ笑いの矜持が立っている。
「もう一つかけようか?」
おれの苛立ちを知らぬふりして、涼しい顔で古いカード型情報媒体をもてあそぶ。
「おれを笑いにきたのか」
気がついたとき、おれは彼の細い首に手をかけていた。
愛おしいくらいか弱い白い首。
手からカードが落ちる音。
折ることはできなくても絞め殺すには容易な細さ。
殺意というのはある種歯止めの利かない欲情にも似ている気がする。
ねじ伏せたい、傷つけたいという避けられない何か。
「まさか。」
ぱさりと音をたてて床に布地が落ちる音がする。
解放と同時に一瞬で白い冬服姿に装いを変えた彼におれの手がもぎ放される。
「預かって、渡そうと思って伸ばし伸ばしにしていたものさ。」
おれの思いとお構いなしに流れる音の中、俺が勝てなかったうちの一人である彼が、身を起こしながら口を開く。
音はどこまでもちぐはぐで、どちらも相手にあわせる気がない連弾。
「君が君の意を殺し続けるようならば渡せと、君のおじい様が。いらないならば気にも留めないはずだと言っていた。」
そうか、ならもうそれはいらない。今いらなくなった。
おれは笑いたくなるくらい根本から間違ってた。ありがたい。
"この演奏には、祖父におれは必要なく、祖父でさえおれには必要でない。"
そもそも、誰かに聞かせる必要さえなかった。
誰のためにもならないし、自分のためにもならない。
どこまでも満ち足りて、同時にそこには何の救いもなければ何も得るものがない。
決まった解法すらない究極の一人遊び《ソリテア》。
ならばそこには技量も、聴衆も、協力者も必要ない。
「あれ」のまえに立って、最高の音を求めた瞬間から、結局のところ誰もかれもが独りぼっちなんだ。
管楽の奏者も弦楽の奏者も、指揮者さえも知らない、鍵盤の前のどうしようもない孤独。
おれの処遇はおれが決めよう。
おれはもう誰のためにも歌わない。
ただやりたいようにやろう。どうせ誰も戻ってきやしないんだ。
それでいい、それがいい。
久方ぶりにおれは腹のそこから面白くて、蹲って笑っていた。
どこかで誰か、小さな誰かが死んだ気がした。
おれのしったこっちゃない。
「君、偉く酷い顔で泣いてるよ。」
「泣いてる?まさか。」
おれの意思とは関係なく震える呼吸の向こうで雨垂れの音がする。
血液にも似た潮の味。蛍光灯の周期とMIDI音源。
おれは床に転がったカードを拾い上げるとそれを握りつぶした。
なにもかもが必要ない。酷い話だ。
手の中に重量が加わる。体が軽くなり全ての感覚が研ぎ澄まされる。
意味のない/思ったとおりの叫びがおれの喉を走りぬけたとき、その部屋の全ての音が停止した。
「矜君。いてもいいけど、おれにとって君はもう何の役にも立たないよ。」
砕けた蛍光灯と窓ガラスがまるで水晶の夜。
全てが崩落した中、身を起こす音に手を差し伸べた。
「薄情だな、君も。手を差し伸べこそすれその実誰にも優しくないんだ。」
濁った咳をしながら彼が笑う。
知ってるさ、知ってる。
俺は、おれの望みが何よりも大切だったから、何を言われても馬鹿みたくそこに立っていた。
違うか?望むことを諦めて誰にでもやさしくなれたはずなのに。
いや、おれにはそれが優しさなのかすらわからない。
所詮その優しさすら自分の執着にすぎないだろうから。
「おれ、学校休むよ。伝えておいて。多分長くはならないと思う。多分。」
仮令その先におれが俺でなくなろうと、今ばかりは願い続けたい、いや、願い続ける。
今この瞬間誰に気兼ねすることがあるんだろう。
全てに感謝したい。でもそれがおれを縛ることはない。
好き好きにやっていこう。
誰のために作っても、誰のためにもならないならば。
「伝えておこう。何か欲しいものはあるかい?」
おれが今求めてやまぬ、そいつはもう決まってる。
「何か腹の足しになるものと、コーヒーがあれば、それでいい。今ばかりは。」
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